ポンチ生活記

ポンチ生活記/マンガ家田代哲也の日常記録

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    データ化作業

  • 2009/03/25(水) 04:31:08|
  • 井01

    今回の内装工事を機に始めていた、過去掲載誌ファイルのデータ化作業。

    ショートマンガやイラストといった、比較的ページ数の少ない仕事が大半の私ですが、
    1987年から22年分ともなると、それなりの量になります。


    井02
    こんな感じや

    井03
    こんな感じで



    読み捨てられる雑誌の自分のページを全てファイルに残し続けて22年。

    これだけ遡ると、20年前の少年ジャンプ第一回GAGキング受賞、神奈川県の漫☆画太郎くん(17歳)の、フレッシュな姿にも遭遇できます。
    井04




    井05
    そんなファイルが段ボールにぎっしり2箱分。
    (これでも全体の1/3が終わって減っている状態)
    井06





    さすがにこの量なので、データ化が一段落するまでに、のべ一週間以上の日数がかかりました。
    (WBCはそのお供に丁度いいイベントだった)


    ムックや単行本、広告仕事や新聞4コマの仕事はファイリングしていないので、
    本当の全作品の総量はこの1.2~1.5倍くらいになりましょうか。
    いやはや出版界の隅っこで、小商いをこんなに積み重ねていたんだなあ。


    井07
    ↑給紙を安定させるために手作りした段ボール製重し。
    自分で驚くほど効果絶大。給紙ミス激減。


    物質として既に風化が始まって、もはや茶色い埃の塊となりかけている20年以上前のザラ紙。
    17歳から20歳ごろの掲載ページ。
    このへんは完全に紙として風化してしまう前にデータ化できてよかった。

    井08

    下手は下手なりにがんばって描いていて、当時500万部以上売れて余裕ありまくりの少年ジャンプに、微々たる将来性だけで十把一絡げで3軍に入れてもらい、
    増刊号に載せてもらったり、賞をとらせてもらったりした、若いメラメラが溢れた作品たち。
    今見ると当然恥ずかしいけれど、もはや一周してほほえましくも見られる状態。


    問題はこのあと。
    20歳から25歳ごろ(89~94年ごろ)の作品。


    恥ずかしいを通り越して、心臓に悪いこと。
    もうやばいったらありゃしない。

    井09

    ギャグは時代の空気だから、今の感覚で読んでどうこう言うモノじゃないけど、
    とにかく絵が。
    絵柄の古い新しいじゃなくて、とにかく絵が絵としてひどい。
    今、15~18歳の生徒に「こうするんだよ」なんて教えている事が、20歳にしてなにひとつできていない。
    高校時代の方がまだうまかった。

    この絵でよく4コマ誌や実話誌の連載仕事をもらえてたなと。
    これでよくバブルの超売り手市場の中、「就職しないでマンガ続けます」なんて言えたもんだと。
    そりゃあ両親はじめ、周りも反対するわな、と。

    今回のデータ化にあたり、当時のファイルを目の当たりにする度に身悶えし、
    声にならない悲鳴をあげ、裸足のまま夜の街へ走り逃げたい気持ちに。
    「正視に耐えぬ」とは正にこのこと。
    いやーもー、たまらんです。
    若いって怖い。 お前は何を根拠に…ああああああ。
    しかしこんなんでも毎月原稿料もらえてたんだから、当時の編集さんの寛容さに深々頭が下がります。
    井10




    続いて25~30歳(94~99年ごろ)

    スペリオールの連載がはじまって、ようやくバイトしないでマンガだけで食べていけるようになったころ。
    「さすがに天下の小学館で連載もらえてんだから多少はいい感じに…」なんて思っていたら、
    これまた美しい思い出の半分にも満たないレベルの絵で。

    井11


    ええーっ、このネタのこの絵って、こんな稚拙だったの!?
    当時それなり描けてたと思っていたのに!
    そんな連続。

    井12

    まんがパロ野球ニュースの、ヤクルトマンガも然り。
    コミックGUYSのドンマイ亀子(←たぶん誰も知らない)も然り。


    井13

    ただ、さすがにこの頃になると、先天的不器っちょの私でも「描き慣れ」みたいな現象は起こり始め、
    各連載の中盤以降から、まあまあ正視できるコマがチョコチョコ出現。
    (載せているのはそっちの絵です。全体的にはもっとヤバいクオリティー。)

    なんとか、夜の街を泣きながら裸足で逃げなくても済むレベルの精神状態に。

    井14
    この亀子の最終回とかは気合いが入っていたなあ。



    30歳以降(2000年~)。

    このへんからはだいぶ今の状態に近くなって、おおむね平常心で見られるように。
    CARBOYやDIMEのマンガ/イラストは、サンプルとして全部サイトに載せても大丈夫なくらい。

    「ああ、これつい最近やった仕事だ」なんて思って表紙を見たら2002年刊で、
    「ええっ!?うそっ!あれって7年も前だったの!?」なんてことも多々。

    歳とると、直近10年の時間感覚が……
    2005年なんてついこの前の気がするけど、中3の子が大学生になるほどの時間が経っているのですね。

    井15

    そんな中、更に描き方が変わってきたなと思うのが2004年以降の絵。
    つまり学校で教えはじめてから。
    「教えるということは二度習うこと」という言葉がありますが、まさにその通り。

    今まで感覚でやってきたこと、または分かっていてもできなかったり、やらなかった事でも
    教える立場になると、再度分解し、ゼロから伝わるように明文化や図表で再構築し、
    また自分でもお手本としてできていないといけないわけで。
    この作業を経ることによって、人の能力というのは著しく変化するというのを身をもって実感しました。
    すごい巡り合わせだった事に多謝。

    雑誌文化の黄昏時に、今ようやくそういう事に気付き、目覚めるというのも皮肉なものですが。

    井16

    こうして順を追って過去作品をデータ化しながら
    10代の頃の作品を眺め、「この頃、このクオリティで500万部時代のジャンプに拾えてもらえたんだから、今の能力や精神のままタイムスリップできたら、その後の人生は少しは変わっていたかも」……なんて、愚にもつかない夢想をしてみたり。


    紙媒体文化転換期ど真ん中の今。
    経済の分野の100年に一度の危機…なんてもんじゃない、
    こっちの商売では数百年に一度のたいへんな状況の今、
    たまたまのタイミングとはいえ、自分の22年の雑誌掲載の歩みを振り返られたのはいい機会でした。


    マンガは、雑誌は、新聞は、サブカルチャーは、5年後…いや1年後どうなっているんでしょ?
    有機ELとエディが救ってくれるのかしら?

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    プロフィール

    fctash

    Author:fctash
    ・マンガ家・イラストレーター
    ・東放学園高等専修学校
     イラストアーツ講師
    ・東放学園映画専門学校
     アニメーション映像科講師

    田代哲也HP「ポンチ生活」
    http://tash.eek.jp

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